大切なモノが変わりました。
- なるせゆうや
- 2020年7月21日
- 読了時間: 5分
【大切なモノが変わりました。】
ここ数年で、
僕の中で変わってきた
ことがあります。
これは本当に
僕の気持ちというか
心境でしかないので
まるで、エッセイを読むかのように
読んで頂けたら嬉しいです。
僕は昔から
すごく効率や合理性を
追求する人でした。
作業スピードとか
作業の効率とか
そーゆーことを
すごく大切にしてたし、
そーゆーことを
追求することが
なんだか楽しかった。
この作業とこの作業は
一緒にやって
この作業の後に
あの作業をやれば
合理的に処理できる。
って。
スピードを上げるのも
もちろんだったし
とにかく、
効率的に、合理的に
仕事をこなしていくことを
考えていた。
それも、それで大切だし、
当時の僕にとっては
楽しみでもあったんだけど
いつからか僕は
あえて、とても非効率なことを
じっくりやるように
なっていた。
そして、それが
とても大切なことのように
思える様になっていた。
例えば、掃除。
以前は掃除を短い時間で
よりたくさんの場所を
きれいにするために
一通り、全体的に
掃除をするのではなくて
汚れているところを
ピンポイントにやり、
わざわざ、
汚れてない場所を
いつまでも拭いていることは
なかった。
キレイなところを
拭いている時間を減らし、
汚れている場所だけを狙って
掃除して、
『見た目』がキレイであることに
こだわっていた。
でも、いつからか
ゆっくり、味わって
手間暇かけて
丁寧にモノと向き合いながら
掃除することが
好きになっていた。
汚れている場所を
キレイにすることは
もちろんだけど
キレイなところも
よくフキフキしている。
それは見た目を
キレイにしていること以上に
そのモノに気持ちを込めようとして
ゆっくり、じっくり
関わっているような感覚だった。
すごく非効率だけど
なんとなく
じっくり、
ゆっくり、
そのモノと向き合いたい
気持ちになっていた。
介護とかの仕事も
ただ効率を考えて
時間やスピードを考えて
作業のように
お年寄りを『さばく』ことで
たくさんのお年寄りの介護が
できるのかもだけど
でもきっと、
お年寄りにとって価値があるのは
『世話をしてもらうこと』
以上に
『世話をしてもらいながら
愛や喜びを受け取ること』
なんじゃないのかな?
お世話をしてもらっても
不満な気持ちで
お世話をされたら
お世話されていても
なんとなく
イヤなんじゃないかな?
仕事内容は
『お世話をする』
と言うことだけど
そのお世話を
『不満の気持ちでお世話される』のと
『喜びの気持ちでお世話される』のでは
その価値って
お年寄りにとって
すごく違う気がした。
僕がアパレルに
いた時もそうだった。
『接客』が仕事だとしても
不満そうに接客をしていれば
それはサービスどころか
相手にも不満を与えてしまう。
同じ『接客』でも
嬉しそうに楽しそうに
接客をすると
お客様も喜んでくれて
また、その服を
大切にしてくれる。
効率を考えれば
合理性を考えれば
接客スピードをあげて
多くのお客様につく方が
もっと効率的だったけど
不満の波動で
たくさんの接客をこなしても
それは仕事を
しているけれども
喜ばれるような
価値は生み出せてない気がした。
前に動画でも話したかもだけど
以前、近所に
めちゃくちゃごはんが美味しい
喫茶店があった。
そこの喫茶店の味は
味付けが美味しいとか
食材がすごいとか
そーゆーことじゃなくて
『人の気持ちがこもっているような
温かい気持ちになる美味しさの味』
だった。
その喫茶店の美味しさは
ファミレスとか
作業効率を重視にしているお店には
絶対に出せない味だと思った。
波動の高い料理というか
気持ちのこもった料理というか
温かくて、
グッと来て、
気を許せば、
嬉しくて泣いてしまいそうな
そんな味だった。
効率と合理性を考えれば
スピード重視で
さっさと作ることは
できるのかも知れない。
でも、その料理を
ゆっくり、じっくり、
気持ちを込めて作ることで
そういう温かい気に溢れた
料理になるのなら
時間をかけて、
ゆっくり、じっくり、
それを大切にしながら
モノを作ったり、
人と関わったり、
丁寧に、味わいながら
日常を送るのが
とても素敵なことに思えてきた。
掃除の話も
介護の話も
接客の話も
料理の話も
どれだけ早いか?
どれだけ効果的か?
どれだけ合理的か?
ではなく、
どれだけ込めたか?
何を込めたか?
それとどう向き合ったか?
って言うことが
僕にとって
えらく大切に思えた。
だから、わざと
時間をかけて
掃除をするようになったし、
わざと時間をかけて
料理をするようになったし、
たまに洗濯機を使わずに
手で衣類を洗ったりする(笑)
車を使えるのに
わざと歩いたりする。
コーヒーメーカーがあるのに
わざと自分でドリップしたりする。
キャンドルに火を灯す時
ライターを使わずに
マッチを使ったりする(笑)
文明が発達して
すごく合理的で
効果的になって
とても便利だし
とても早く済むけど、
あえて、不便で
あえて、非効率で
あえて、遅いけど
とても、アナログだけど
ゆっくり、じっくり、
味わって、向き合って、
気持ちを込めて
色んなモノと関わるようになった。
色んなことと関わるようになった。
もちろん、
効率的であることも
合理的であることも
便利であることも
本当に素敵だと思う。
そのおかげで
僕は今、こうやって
ブログをかけるわけだし、
それを世界中の誰もが、
読むことができるわけだから
それはとても
素晴らしいことだと思う。
ただ、僕、個人として
今まで以上に
非効率で、非合理的になった。
だから、昔よりも
どんくさくなったかも(笑)
でも、ゆっくり、じっくり
気持ちを込めて
何かと向き合うようになった。
昔よりも、
一つ一つを味わったり
大切にするようになった。
今でも、
よくお手紙を出す。
ラインやメールで済むのに
お手紙を書く。
そのお手紙を書いている時間が
僕はとても好き。
そして、お手紙を
もらうことも好き。
おばあちゃんからのお手紙で
おばあちゃんの文字を見ると
なんだか微笑ましい
優しい気持ちになる。
なんか、そーゆーのが
とっても好きだし、
これからも
大切にしていきたいな。
まだまだ、
雑な時もあるけどね(笑)
そんなことを思う
最近のなるせでした☺️🍀
いつも、読んでくれて
本当にありがとう☺️🍀
いつも、ありがとう☺️🍀
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